大阪高等裁判所 昭和28年(う)149号 判決 1953年5月04日
控訴人 被告人 渡辺宰一
弁護人 野村清美 外一名
検察官 前田幸之助
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を納めないときは金二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審証人三浦格に支給した訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人中村俊夫の控訴趣意第一点及び同野村清美の控訴趣意第二点について。
原判決は被告人が神戸市長田区菅原通七丁目一四番地所在建物の一部を丸三ゴム有限会社から賃借し独立して自己個人の計算において本件ゴム加工工場を経営していた事業主であつたのみならず、みずから右工場の経営を担当しその施設の保持に当つていた者であると認定した趣旨であることはその判文及び挙示の証拠によつて明らかであつて、所論を斟酌しながら記録を精査しても右認定に誤りがあるとも認められない。所論の立花浅平は現場監督といわれていたけれどもその担当していた業務は運動靴のゲージの決定、ゴムの配合、底のたて切り及び運搬その他雑役にすぎず工場設備等については責任を持つていなかつたことが明らかであつて、右工場の労働に関する事項殊に本件通路設置について被告人のために行為をしていたとは認められず、また右工場の賃貸人である丸三ゴム有限会社が右工場の事業主であつてその監督管理の実権を有していたとは認めることができない。従つて本件につき被告人を以て労働基準法第一〇条労働安全衛生規則第九五条にいわゆる使用者であるとした原判決には所論のような法令解釈上の誤りがあるとすることはできない。
弁護人野村清美の控訴趣意第一点について。
原判示にいわゆる「避難口」とは労働安全衛生規則第九五条第一項に規定する「容易に安全な場所に避難することができる適当な通路」の趣旨であることはその判文及び挙示の証拠によつて明らかであり、右通路の概念には避難用の出入口をも含むことは同条第二項の規定上疑いのないところである。また原判決中「(懲役刑選択)」とあるのは右法条違反に対する罰則規定である労働基準法第一一九条第一号所定の懲役及び罰金のうち前者を選択する趣旨であることも判文上おのずから明らかであるから、原判決の事実認定と法令適用との間には所論のようなくいちがいがあるということはできない。
同第三点について。
原判決は被告人が本件工場の経営をはじめたのは昭和二六年八月二七日頃であるとしながら、その犯罪の期間を昭和二七年四月二九日から同年五月八日までとしていることは所論のとおりである。原審が右の措置に出た所以は昭和二七年政令第一一七号大赦令第一条第一〇号によつて同年四月二八日の基準日前に犯した分は赦免されたとしてこれを除外するの配慮に出たものと察せられる。しかしながら、労働安全衛生規則第九五条によつて課せられた二個以上の通路を設けるべき義務は工場の経営をはじめるときに発生し、その違背に対する労働基準法第一一九条第一号の罪はいわゆる継続犯であると解すべきであるから、右義務違背が基準日前から引続いているとすれば、同大赦令第二条の趣旨により、基準日前の犯行もまた赦免に浴しないものといわねばならない。ところで、原審がその継続犯の一部を右のように除外したことは、他の一部である昭和二七年四月二九日以降の犯罪の成立に影響するところなく、この除外を非難することは被告人に不利益な主張に帰するから、適法な控訴理由とならない。
同第四点及び弁護人中村俊夫の控訴趣意第二点乃至第四点について。
量刑に関する各所論に鑑み記録を精査すると、原審が被告人に対し懲役四月の実刑に処したのは酷に失すると認められるので、刑事訴訟法第三九七条第三八一条第四〇〇条に則り原判決を破棄し改めて原審認定の事実にその挙示した各法条のほか罰金等臨時措置法第二条を適用して主文のように判決する。
(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)
弁護人野村清美の控訴趣意
第三点原審判決は法律の解釈を誤り又は審理不尽の結果事実を誤認しその誤謬が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破毀を免れない。
原審判決は「被告人は昭和二十六年八月二十頃から……ゴム製品加工業を営んでいたものであるが右工場の広さ約十坪であり内部で引火性の極めて高いガソリンを取扱い従業員約十二名を使用していたものであるから労働安全衛生規則に定める避難口を二ケ所以上設けなければならないのに昭和二十七年四月二十九日より同年五月八日まで入口一ケ所を設けただけで右避難口を設けなかつたものである」と判示し被告人が昭和二十七年四月二十九日より同年五月八日までに入口を一ケ所設けたのみで避難口を一ケ所も設けなかつた事実を認定された。被告人に工場の一部を賃貸した丸三ゴム有限会社常務取締役山下紫郎に対する尋問調書中(五十三丁以下)間「被告人に貸した時出人口は一個所だけだつたのか」答「家としましたら出入口は元三個所ありました、それは渡辺の方のが一つと榎本の方の南側に二個所ありました、そして渡辺の仕切つた分は一個所ですが榎本は二個所と北にも一個所ありました」問「榎本の工場と被告人に貸していた工場の仕切りはどうなつていたのか」答「仕切りは三分板と思いますが六尺位の板を台棧に打ちつけて両方を釘で止めていました、それは渡辺に貸す以前から榎本に先に貸し全部を使うのは広すぎるからと云うので当時は渡辺に貸した方のは物入れにしてありました」旨の供述浜田義和の労働基準監督官に対する第一回供述調書中(第三項前段)「出入口は作業場の北偶の方に巾一、一米高さ大人の脊丈け以上ある外開きの木製扉が一枚ついていました」旨の供述を綜合すれば被告人が賃借したのは一棟の建物の一部であり元来その一棟の建物には三個所の出入口が設けられていたのに工場の賃貸人である丸三ゴム有限会社が被告人に賃貸するに先立ち右一棟の建物の一部を榎本に賃貸していたので榎本側に二個所の出入口を存し残存部分(被告人に賃貸した部分)に一ケ所の出入口を存し爾後賃貸人丸三ゴム有限会社並に賃借人(被告人)においても新に出入口を設けた事実全く存しない事実が認められる。
然るに前示の原審判決は「昭和二十七年四月二十九日より同年五月八日まで入口一ケ所を設けただけで右避難口を設けなかつたと判示されているが右の事実認定は審理不尽又は錯誤に基き事実誤認を為すに至つたものである。又労働安全衛生規則第九十五条によれば摘示作業場には時期を定めず(作業場設置と同時に)直に通路を設ける義務があると解すべきである、然るに原審判示の如く「昭和二十七年四月二十九日より同年五月八日」までの間に避難口(通路)を設けなかつたと設置義務履行時期を指定するが如き判示は原審判決が解釈を誤つた結果事実を誤認するに至つたものと謂わなければならない。
被告人が原審判示の如く出入口を新に設けた事実が存するか否かは出入口設置義務の履行を求める本件に極めて重大な影響を及ぼすところであり当然判決にも影響を及ぼすものなるを以てこの点からするも原審判決は破毀を免れない。
(其の他の控訴趣意は省略する。)